「何もない」から出来ること

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スキルもない。英語力もない。文章力もないし、書くべきこともあんまりない。はっきりしたやりたいこともない。

というのは海外生活を何年かしてきて、あるいはブログを始めてすぐにぶちあたった分厚い壁。

それでもブログを続けているのはなんでか。

それは「なにもない」ところから必死にかき集めてきたガラクタでどれだけのものを作れるか実験するのが楽しいからです。

iPhoneに入っていた写真でも、日記の端に書いてあった一言でもいい。

今日読んだ本をどう魅力的に紹介できるかな、とか今書いている大学の課題を載せちゃおうかな、とかでもいいわけです。

作家の村上春樹さんも、自身のエッセイ「職業としての小説家」のなかでこう言っています。

僕が最初の小説『風の歌を聴け』を書こうとしたとき、「これはもう、何も書くことがないということを書くしかないんじゃないか」と痛感しました。というか、「何も書くことがない」ということを逆に武器にして、そういうところから小説を書き進めていくしかないだろうと。

ー村上春樹「職業として小説家」より

そしてこれは、なにも小説に限ったことではなく、私たちの人生全般において大切なことなのではないでしょうか?

今あるリソースを最大限に活かして作れるものは?

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特別なものが何も無い場合にも、とにかく自分の頭の中を隅から隅までひっくり返して、とりあえずあるもので何かを作りだすこの方式を村上春樹さんは「E. T.方式」と呼びます。

裏の物置を引っ掻き回して、普通の家庭用品だけで自分の星との通信機器を「まるでマジックのように」作ってしまったあのE.T.のようにそれが出来たなら。

それが出来たとしたら、あなたは「ガラクタにしか見えないもの」を他人へ何かを伝える「通信手段」に変えることができるというすばらしいマジックが使える、と。

(あぁ村上さんの喩えの分かりやすさといったら…ぽんっと頭に入ってそれ以降抜けません。)

だから「私には何もない」という人程、もうどんなに取るに足らないマテリアルでも、とりあえず形にしてみることが大切なのではないかな、と考えます。

完成品を「取るに足らない」と笑う人は笑わせておけば良いでしょう。

多分それは、とりあえず形にしたことも無いしする勇気もない人か、したことがあるのにとっくに忘れてしまった人である可能性が高いからです。

小説家になりたい人も、どう生きていっていいのか悩んでいる人も

最後に、今回紹介した村上春樹さんの「職業としての小説家」についてですが、具体的な創造過程だけではなく、村上さんのこれまでの人生や考え方などが書いてあり、小説家を志す人だけではなく、誰もが「人生の指南書」もしくは「ある種の物語」として、楽しめる内容となっています。

やりたいことがあるならやってごらん、と背中を押してくれるような一冊です。

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